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2013.09.01 Sunday... - / -
...スフォルツァ家の首飾り


ジョヴァンニ・アンブロージオ・デ・ プレディス(Giovanni Ambrogio de Predis )の描いたビアンカ・マリーア・スフォルツァ(Bianca Maria Sforz)です。

sai さんの記事「ロレンツォ・メディチとスフォルツァ家」を読んで、感動しました。画家の違う作品から同じ宝飾に目を止め、推理することに驚きです。



右はビアンカ・マリアのヘアについている宝飾
左は「一角獣を抱く貴婦人」の首飾り


専門家、どの記事でもラファエロの「一角獣を抱く貴婦人」は、ジュリア・ファルネーゼ(Giulia Farnese、1474 - 1524)とされていますが、sai さんは、その肖像画に描かれた首飾りがスフォルツァ家の女性を象徴するデザインと同じで、その疑問から、「ビアンカ・マリーア・スフォルツァの妹アンナ・マリーア・スフォルツァ(Anna Maria Sforza)かも」とも書いていました。



一角獣を抱く貴婦人 Ritratto di dama con liocorno
 1505-06 Raffaello Santi ラファエロ


さらに記事では、マッダレーナ・ドーニこと、 ボナ・スフォルツァ (Bona Sforza)の肖像画としても取り上げていました。

非常に興味がわきました。

ひとつは、スフォルツァ家の首飾りが流行になって、他の公爵家の令嬢たちも真似たのかという興味。あるいは歴史的な「戦利品」で手元に渡ったのかなという興味です。


パウルス5世の甥のボルゲーゼ枢機卿が、1760年にコレクションに加えたラファエロの「若い女性の肖像画」です。「聖カタリナ」の姿に書き換えられていました。マッダレーナ・ドーニの肖像画とおなじローカットのドレスはこの作品からもわかりますが、ドレスのリムーバブル袖がストールで隠れています。

不思議に小さく描いた一角獣も消され、手の仕草もかわりました。ただ、この「首飾り」だけは、そのまま描かれています。

この作品はロベルト・ロンギ(Roberto Longhi 1890-1970)が20世紀になってX線で調査したところこの現在の「一角獣を抱く貴婦人」があらわれたことは、皆さんもご存知のことでしょう。



1506年のラファエロの作品である対のマッダレーナ・ドーニの肖像画にも、この首飾りが描かれていますが、デザインが違います。

フィレンツェの豪商の妻となったマッダレーナは当時15歳の花嫁でしたので、マッダレーナとも呼ばれたボナは1491年頃に、ルドヴィーコ・スフォルツァと愛人ルクレツィア・クリヴェッリ(Lucrezia Crivelli)の間に誕生したのでしょう。

マッダレーナ・ドーニの肖像画、一角獣を抱く貴婦人、そしてスフォルツァ家の人々についてはご紹介いているsai さんの記事「ロレンツォ・メディチとスフォルツァ家」を参照してください。


ドレスのデザインがそっくりです。当時のフィレンツェの流行だったのでしょうか。「一角獣を抱く貴婦人」はスフォルツァ家の女性のようです。

この作品のもう一人の候補者ジュリア・ファルネーゼ(Giulia Farnese、1474 - 1524)は、オルシーノ・オルシーニと結婚し、ローマ教皇アレクサンデル6世の愛妾、チェーザレ・ボルジア、ルクレツィア・ボルジア(Lucrezia Borgia)との交友が知られます。

唯一ジュリア・ファルネーゼとスフォルツァのつながりといえば、ルクレツィア・ボルジア。彼女の最初の結婚相手がジョヴァンニ・スフォルツァ。そしてルクレツィアは、アルフォンソ1世・デステと結婚。アルフォンソ1世・デステの亡くなった妻はビアンカ・マリーア・スフォルツァの妹アンナ・マリーア・スフォルツァ(Anna Maria Sforza)と結婚。



Luca Longhi, Dama con Liocorno
Castel Sant'Angelo


ジュリア・ファルネーゼが、そのスフォルツァ家の首飾りを手にすることができるのは、ボルジア家つながりですが、彼女の手にゆだねることなど考えられませんが。

作品時期にしても、ラファエロとローマとの密接な関係は、「一角獣を抱く貴婦人」以降だと思われて、やはりスフォルツァ家の女性の肖像画だと私も思いました。

このルカ・ロンギの「貴婦人と一角獣」は、ローマのサンタンジェロ城にあります。



Domenichino, The Virgin and the Unicorn,
Palazzo Farnese, Gallery, Lower walls, fresco, 1597


ラファエロがビラ‐ファルネジーナ(Villa Farnesina)にフレスコ画を描いたのは、銀行家アゴスティーノ=キージが所有していた頃。

ラファエロは1508年以降にローマへ長く滞在しているようです。

ジュリア・ファルネーゼが亡くなってから73年も経て、ファルネーゼ宮殿のフレスコ画に描かれたドメニキーノ(il Domenichino)ことドメニコ・ザンピエーリ(Domenico Zampieri)の作品で、「処女と一角獣」があります。この女性もジュリア・ファルネーゼ?といわれています。



サン・ピエトロ大聖堂 パウルス3世の墓碑


グリエルモ・デッラ・ポルタ (Guglielmo della Porta)の彫刻が施されたこのパウルス3世の墓碑の左側がジュリア・ファルネーゼ?といわれています。

このグリエルモ・デッラ・ポルタ 作のジュリア・ファルネーゼ?そっくりの女性をラファエロはヴァチカン絵画館(ヴァティカーノ博物館)に所蔵されている「キリストの変容」に描いているといわれています。


なんとなく似ている気がします。また、この女性の服が、ルカ・ロンギの「貴婦人と一角獣」と同じ配色です。パウルス3世の墓碑より先の作品。でもジュリア・ファルネーゼとは思えないのです。なぜならこの作品の依頼者があのジュリオ・デ・メディチだからです。

Rafello Sanzio, La Trasfigurazione - Roma Pinacoteca Vaticana

Rafello Sanzio, La Trasfigurazione 1518-20
Roma Pinacoteca Vaticana


パッツィ家の陰謀で殺害されたジュリアーノの遺児ジュリオはのちの教皇クレメンス7世。この作品「キリストの変容」ですが、ナルボンヌの大聖堂に納めるためのものだったようで、クレメンス7世の次代パウルス3世の愛人ジュリア・ファルネーゼをわざわざ作品中に登場させるわけがないと思うのです。

このジュリア・ファルネーゼとはっきりわかる肖像画が1枚も残されていません。ビアンカ・マリーア・スフォルツァの妹アンナ・マリーア・スフォルツァも。



ビアンカ・マリーア・スフォルツァ
ベルンハルト・ストリンゲル Bernhard Strigel


そしてこのスフォルツァ家の首飾りは、いまどこにあるのでしょうか。オーストリアのハプスブルグ家に嫁いだビアンカ・マリーア・スフォルツァは、服飾の変化はあるものの、ジョヴァンニ・アンブロージオ・デ・ プレディスが描いたヘアバンドと同じ宝飾の首飾り。

ビアンカ・マリーア・スフォルツァ、アンナ・マリーア・スフォルツァ(ラファエロの貴婦人と一角獣の肖像画を仮定して)、イッポーリタ・スフォルツァとそしてボナ・スフォルツァ(マッダレーナ・ドーニと仮定)のほかスフォルツァ家に嫁いだベアトリーチェ・デステ (Beatrice d'Este)も、スフォルツァ家を象徴するルビー(赤)、エメラルド(緑)、真珠(白)の首飾りとともに描かれてます。

2011.05.12 Thursday... - / trackbacks(1)
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thanks trackback
ロレンツォ・メディチとスフォルツァ家
レオナルド・ダ・ヴィンチによるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の「最後の晩餐」の反対側にあるジョヴァンニ・ドナート・モントルファーノの「磔刑図」(キリストの磔刑)に描かれたミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァとその妻ベアトリーチェ・デステ。
| RE+nessance | 2011/05/12 7:21 PM |